コリアンレポート①

1 はじめに

 2025年4月4日午前11時22分、韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が、憲法裁判所の弾劾審判で8人の裁判官の全員一致の意見により罷免されました。現職の大統領が罷免されるのは、韓国では朴槿恵(パク・クネ)元大統領に続き、二度目です。
 韓国でいま何が起きているのか、それを3月下旬に行われた自由法曹団の訪韓企画に参加し、現地で確認してきました。

2 戒厳令と弾劾審判

 昨年12月3日夜、尹氏は、突然戒厳令の布告を宣言し、あらゆる政治活動や集会を制限し、軍隊を国会に派遣しました。戒厳令は、国会の周囲に集まった市民や野党議員を中心とした国会議員たちの手により、翌朝には解除されることになりました。その後、尹氏は国会から弾劾請求を受け、弾劾審判にかけられることとなりました。
 弾劾審判は集中的に行われ、2025年2月26日に結審となり、あとは決定の言い渡しがされるだけとなりましたが、多くの予想では3月中旬には決定が出るだろうとみられていました。しかし、3月9日に勾留中であった尹氏が保釈され、決定が出る気配はないまま、3月下旬を迎えていました。

3 憲法裁判所周辺の様子

 自由法曹団が訪韓したのは、尹氏ではなく、韓悳洙(ハン・ドクス)首相兼大統領権限代行に対する弾劾審判の決定が言い渡される2025年3月24日でした。金浦空港に降り立ち、ソウル中心街へ移動していると、韓首相に対する弾劾審判が棄却されたとの速報が届いてきました。それにより、弾劾反対派(大統領支持派)の勢いが盛り返そうとしている、そんなときでした。
 韓国の憲法裁判所の前を通る道路「プクチョンロ」は片側2車線、合計4車線の大きな道で、歩道の幅もしっかりとられている道です。その道路の両側1車線は、それぞれ警察のバスにより完全に封鎖され、憲法裁判所側の歩道は歩けないようになっていました。警察官がいたるところに立ち、警備にあたっており、緊迫感がありました。

 憲法裁判所近くの地下鉄・安国(アングク)駅のある交差点では、弾劾反対派(大統領支持派)と弾劾賛成派(大統領罷免派)がガソリンスタンドを挟んで互いの主張を叫んでいました。
 そのすぐ近くの「サミルデロ」通りでは、弾劾反対派が星条旗と太極旗(韓国国旗)を振り、集会を開いていました。さらに、弾劾反対派は、歩道に対立する野党(共に民主党)の代表である李在明(イ・ジェンミョン)氏のポスターに落書きをしてそれを歩道に何枚も貼りつけ、道行く人にそれを踏ませる、そんなことも行っていました。

 それに対して、弾劾賛成派は、歌をうたい、リズムに乗って、尹氏の罷免を求めていました(下記写真)。

4 夜の光化門(クァンファムン)前の様子

 夜の光化門前は、弾劾賛成派による集会とデモが毎晩盛んにおこなわれています。そこを訪れたのは3月24日の夜でしたが、その日も多くの市民が集まり、K-POPを掛け、尹氏の罷免を求める掛け声を連呼していました。周りには、出店も並んでおり、まるでお祭り、コンサート会場のような雰囲気もありました。
 その熱気はすごく、力強いものでした。そのエネルギーの根源は、どこからくるのでしょうか。韓国は、過去1945年から1987年まで、強権的な独裁政権や軍事政権が続く中で、戒厳令が何度も発令され、それによって人権や自由が制限を受けた時代がありました。そんな時代を繰り返させないため、戒厳令を出すような尹氏を罷免させるため、市民が集まり声をあげていると感じさせられました(下記写真参照)。

5 分断化が進む韓国社会

 詳しく書くと長くなるため、簡単に記しますが、韓国社会は現在、まれに見るほどの分断化が進んでいます。
 それは、「保守」と「進歩(革新)」という対立軸があてはめられる世代間の対立だけでなく、世代内での対立も存在しています。
 一般的な傾向として、高齢世代は保守化し、若年層は進歩的になります。その例外として、1960年代に産まれて1980年代の民主化運動を経験した世代(現在50代後半から60代前半)は、年齢が上がっても保守化することはなく進歩的なままです。しかし、いわゆる「Z世代」にあたる若年層から見ると、その世代が進歩的だとしても、相対的にはZ世代の進出を拒む既成世代に映り、それに対抗して、保守となる者もいます。
 そして、何より深刻なのは、現在の20代男女間では対立が激化していることです。20代男性「イデナム」は、徴兵制により兵役に就くという苦行をやらされていると感じる一方で、20代女性「イデニョ」は昨今の♯MeToo運動や多様化により権利を主張することが多くなりました。それがイデナムにとっては、イデニョから謂れのない被害を主張されていると感じるため、イデナムによる反発を招く結果となり、イデナムは保守化が進み、イデニョは進歩化が進んでいる、という具合です。
 これら対立に、キリスト教の一派も保守派にくみし、その意見形成に大きな影響力を及ぼしていると言われています。

6 弾劾審判の言い渡し

 韓国を発ち、日本へ戻ったのは3月26日の夜でした。その日は、李在明氏に対する公選法違反容疑に対する刑事裁判の判決がソウル高裁であり、無罪判決となったことで、弾劾賛成派の勢いが増した日でした(その後、5月1日に韓国の最高裁にあたる大法院が破棄し、高裁に差し戻しをしましたが。)。
 その数日後、韓国の憲法裁判所が4月4日に、弾劾審判の言い渡しを行うことを発表しました。その日は朝から落ち着かず、その結果を待つことになりました。
 4日、午前11時過ぎ、憲法裁判所の裁判官らは全員一致で尹氏の罷免を決定しました。決定文の最後の個所を引用したいと思います。

 「被請求人は憲法および法律に違反して本件戒厳令を宣告し、国家緊急権乱用の歴史を再現して国民に衝撃を与え、社会・経済・政治・外交の全分野に混乱をもたらしました。国民全体の大統領として、自らを支持する国民を超えて社会共同体を統合すべき責務を怠りました。軍部と警察を動員して国会などの憲法機関の権限を損ない、国民の基本的人権を侵害することで、憲法擁護の責務を放棄し、民主共和国の主権者である韓国国民の信任を重大に裏切りました。
 結局、被請求人の違憲・違法行為は国民の信任を裏切ったものであり、憲法擁護の観点から許容されるものではない重大な法違反行為に該当します。
 被請求人の法違反行為が憲法秩序に及ぼした否定的影響と波及効果は重大であり、被請求人を罷免することによって得られる憲法擁護の利益が、大統領罷免に伴う国家的損失を圧倒的に上回ると認められます。
 よって、裁判官全員の一致した意見により、以下の主文を宣告します。
 これは弾劾事件であるため、宣告時刻を確認します。現在の時刻は午前11時22分です。
 主文、被請求人、大統領尹錫悦を罷免する。」

7 今後の韓国

 韓国の大統領選は、2025年6月3日に行われます。大統領選の候補者のなかでは、李在明候補が抜きんでていますが、どのような結果となるか、今年大注目の選挙のひとつと言えます。
 今回のコラムは、この辺までとし、次回は大統領選の結果がわかった後で、他の見学訪問先のことを記したいと思います。(つづく)

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