サイゴンの街角から
2025年11月末、自由法曹団ベトナム訪問団として、ベトナム社会主義共和国のホーチミン市を訪ねました。
2025年は、ベトナムが1945年に独立してから80年、ベトナム戦争が1975年に終結してから50年というメモリアルイヤーでした。現在のベトナムは、ベトナム共産党が政治、行政のトップに立つ社会主義国家ですが、経済は1986年のドイモイ政策により資本主義的要素が強い社会となっています。
今回の主な訪問場所は、ベトナム戦争についての展示がまとめられたベトナム戦争証跡博物館、当時の南ベトナム大統領府として使われた統一会堂、南ベトナム民族解放戦線が使用していた地下トンネルであるクチ・トンネルなどでした。
ベトナム戦争は、人類史上初めてマスコミがほぼリアルタイムで戦争の現実を世界に発信した戦争で、多くの写真や映像が残されています。それらを見るとともに、実際の現場を見ることで戦争の傷跡を肌で感じることができる訪問でした。
ところで、皆さんの持つ、いまのベトナムのイメージは何でしょう。おそらく、たくさんのバイク、たくさん人が乗ったバイク、賑わった市場、最近日本国内にも増えてきた「バイン・ミー」や「フォー」等の食べ物などだと思います。
実際のベトナムはどうでしょうか。今回、ホーチミン市(サイゴン)の街角から見たベトナムは、それらのイメージ通りでもあり、イメージとは全く異なるところもありました。
まず、中心街ですが、ブランド物のブティックが並び、きれいなビルやホテルが立ち並ぶ、東京と変わらないような街並みでした。さらに2024年に開通した地下鉄「ホーチミンメトロ」もあり、ここが社会主義国家とは信じられない光景です。
道路に目を移すと、バイクの量に目を奪われます。ベトナムと言えば、バイク。まさにそのイメージを裏切らないベトナムらしい光景が目の前に広がります。信号が青になると一斉に走り出すバイク、バイク、バイク…。そして、鳴りやまないクラクション。これは、日本で鳴らすような警告ではなく、「ここに居るからね」という注意を促す意味です。気持ち、日本のクラクションより柔らかい気がしてきます。
数多のバイクが走る川のような道路を渡るときには、少々コツが要ります。一定のスピードで歩くことです。バイクは避けてくれます。しかし、焦ったり、スピードを変えたりすると、かえって危険なのです。うまく渡れるようになれば、ベトナムで暮らすことができるでしょう。

街を見渡すと、道端にカラフルなプラスチックのイスと食べ物を売る屋台が出ています。屋台ではフォーやバイン・ミーが売られています。そして、少し歩くだけでカフェがたくさん見つかります。それは日本のようなチェーン店がではなく、多くが個人店です。ベトナムはコーヒーの有数な産地なので、コーヒーを飲む方が多いのですが、かなり濃く入れるのが特徴で、そこへ砂糖とコンデンスミルクをいれて飲むので、苦みと甘みが混ざり、甘みが強く出てきます。ちなみにスーパーでは、お湯を入れて溶く「3in1」と書かれたインスタントコーヒーが売られていますが、この「3」とはコーヒー、砂糖、コンデンスミルクのことを意味しています。

ベトナム料理は、フォーやバイン・ミーだけでなく、コムタンと呼ばれる肉とライスが載ったワンプレート料理、ベトナム風のお好み焼きバイン・セオなど、さまざまな料理があります。いずれも香草を用いていますが、非常にヘルシーです。最近は日本各地でベトナム料理の店ができており、立川にも南口にベトナム料理店がありますので、ぜひ興味が湧いた方は訪れてみてください。
ベトナム、特に南部は非常に暑い地域です。11月に訪れた際も、気温は30度を超えることもあり、日差しが強く、いつでも水分補給をしていないとしんどい気候でした。そのためか、日が沈むとサイゴンの街は、昼間とは異なる活気に溢れてきます。おそらく、日が沈むと涼しくなるので人々が出てくるのだと思います。ネオンサイン、屋台やお店に集まる人々からはエネルギーが溢れていると感じます。日本だと、日が沈むと繁華街以外は暗く寂しい雰囲気になることが多いですが(特に冬場)、ベトナムの光景は寂しさを感じさせない、活気あふれる光景でした。
その光景を眺めながら、少し涼しくなった空気の中で、冷たいビア・サイゴンを飲んで、幸せな気分を味わいました。











