「効率化」のマイナス面
みなさんは休日をどのように過ごされていますか。私は休日の多くをなんとなくゴロゴロしていますが、たまに用事があって出かけたり、家事をこなしたり、パソコン作業など立て込んだ休日を過ごすことがあります。
その場合、あさ何時に起きて、何を最初にこなしてなどスケジューリングを考えます。また、スケジューリングしていく際に重視しているのは「効率」です。効率的かつウエイトを置いているのが時間の割り振りです。同じことをするのであれば、今日ではなく、また今度など時間の使い方や流れ的に自分としてしっくりくるスケジュールを検討します。
この「効率化」はなんとなく仕事など日常生活からプライベートな私的分野までに浸透してきている思考です。近年ではコスパ(かけた費用に対する効果:費用対効果)やタイパ(かけた時間に対する効果:時間対効果)といわれ、物事を考える際の基準にもなっています。
人類が地球上に現われたのは500万年前とも700万年前ともいわれます。また文明ができたのが8000年前ともいわれています。長い時間をかけて狩りの仕方や日常の道具などが進化を遂げてきました。その過程はまさに「効率化」の歴史でもあります。
200年ほど前にヨーロッパで勃興した産業革命にみられる資本主義は強力に「効率化」を推進してきました。効率化は無駄を省き、合理化し、コスト削減(カット)などを推し進め経済活動を急上昇させ、私たちの生活や社会を豊かにさせてきました。またその過程で価値観にも影響を与えてきました。
しかし、資本主義は効率的で無駄がなく上手く回っているように感じますが、実のところは膨大な無駄や環境破壊をつくり出しています。例えばフードロス(食品ロス)にみられるように、まだ食べられるのに廃棄される食品は大量に存在し続けているのです。また地球温暖化・気候変動は、主に二酸化炭素(CO2)の排出が温室効果ガスとして増えたことが原因です。人類はその規制に一刻の猶予はないにもかかわらず、対応が遅れています。
このように近現代の「効率化」は、経済活動の利潤追求の過程で現れてきました。そして私たちの考え方にも多大な影響を与えます。
私は地域の社会運動団体の活動をしておりますが、その定例会議で声高に会議の運営や流れ(時間短縮)の改善を主張する方がいました。当然、スムーズな会議の運営運用のための改善は必要で賛成です。しかし、無駄な話しや、話しが長いといったことを指摘されては、会議に参加されたされた方の中には萎縮し、闊達な発言を控えてしまい、活動が結果としてマイナスな効果を与えかねません。極端な例ですが「効率化」の思考は、悪影響を及ぼしている一例と思います。
さらにここ数年、AI(人工知能)が急速に発達し、多くの職域や生活分野にも影響を与えてきています。そしてスマホなどでだれでも簡単にAIに触れる機会が増えてきました。
そうした現代だからこそ、生活と気持ちにゆとりをもたせ、利便性と「効率化」に振り回されることのない日常を過ごせればと思います。











