この頃思うこと -もう一つの萌芽を広く大きく!
今、世界では、ロシアやアメリカという大国の横暴な分断と排除の政治がまかり通っています。そして、日本の政治でも、外国人差別をはじめ、分断と排除が目立っています。そうした中で「異なる立場『参加』こそ民主主義」という論稿(朝日新聞2026年6月7日付「日曜に想う」沢村亙編集委員記)に目がとまりました。
同論稿には、川崎市が1996年につくった「外国人市民代表者会議」の紹介がありました。外国籍住民だけで構成される全国でも珍しい会議体です。公募で選ばれた26人の委員が2年間、日本語で討議を重ね、川崎市長に提言するとのこと。今年度の委員たちの出身地は韓国、フィリピン、ドイツ、イランなど20に及び、年齢や職業はさまざま。委員長は互選で決める。グループ討議もあり、日本人ファーストの風潮への不安、外国人ヘイトへの懸念など率直な思いが語られる一方で「共同体に貢献したい」「外国人と日本人の橋になりたい」などの声も出される。これは「つながりたい」という思いと対話への参加を呼びかける声ともいえます。
発足に携わった元市職員の山田貴夫さんは、当初は居住差別や生活情報の不足などが関心事で、提言は相談体制拡充や多言語化などにつながったといいます。しかし、最大の成果は「制度より人」で、支援される側だった外国人が支える側に回る、NPOや市民団体を立ち上げるという「参加が新たな参加を生んでいる」とのことです。
同論稿中にはまた、生徒の約9割が外国籍の中学校、大阪市立天満中学校夜間学校の社会の授業で、日本国憲法を教えている講師の竹島章好さんが紹介されています。授業の中でナチスドイツの歴史を引きながら「国民主権には欠点もある。みんなが間違えば国も間違った方向に進む」「だから意見を言うことが大事。みんなで話し合い、間違わないように進んでいくんだ」と話す。議論し、異なる立場と合意点を探る。つまり民主主義への「参加」の仕方も学びの対象だと。「民主主義とは、国籍ではなく参加で支えられるものだろう」との結論は、私の胸にストンと落ちました。
朝日新聞の同日の一面には「飛鳥・藤原の宮都」が世界遺産に登録される見通しになったとの記事がありました。長年の発掘調査の蓄積をもとに、東アジアの交流の中で日本の古代国家が生まれたことを示す遺跡群としての価値を打ち出し、突破口を開いたとの報道でした。この時代でも、国際交流があり、世界はつながっていたことを再認識しました。そして、国際交流とはまさに異なる文明、異なる社会制度の国々との間の対話と共存の関係であることも再認識しました。
ところで武器輸出の全面解禁、皇室典範の改正、国旗損壊罪等々、「改憲」を見越しての高市政権の「むちゃくちゃな政治」への批判、抗議行動も広がっています。東京新聞は社説(2026年7月12日)「もう一つの世界の萌芽」のタイトルで「権威主義を信奉する人びとはうそや弱者への嘲笑を恥じず逆に『強さ』として誇示します。抵抗の場では隣人への侮辱や弱者へのあざけりは許されません。意見が異なっても、ネット上とは異なり、対面を通じて共感や対話を促すことに努めます」と主張しています。「『もう一つの世界』といっても、それを貫く柱は、法の支配や基本的人権といった少し前までは当たり前だったことばかりです」と断ったうえですと強調しています。私たち法律家は表に出るだけでなく、日常のくらしの中で、市民の中で「法の支配や基本的人権」をいかに守り発展させるかという重要な役割があることを実感するこの頃です。











