コラム22:弁護士 杉井 厳一

高校生の模擬裁判員裁判授業をみて

2013.2.22 弁護士 杉井 厳一

1 「司法は民主主義を支える柱」

 先日、地元の都立高校で行われた模擬裁判員裁判を傍聴して、ずっと昔、日弁連の陪審裁判調査団の一員としてアメリカへいったとき、どこの裁判所か忘れましたが、建物の破風の部分に表題のような意味の言葉が刻まれていたのを思い出しました。「PILLAR」という言葉がすごく印象に残ったことを覚えています。いま辞書を開いたら「a pillar of society 社会の柱石」とでていますから、そういう意味なのでしょう。

 多目的室という大きな部屋に、300名をこえる生徒さんと多数の先生方が参加した壮観な模擬裁判授業でした。裁判官、弁護人、検察官、被告人、証人などは、弁護士と法律事務所事務局が担当し、全生徒が裁判員という想定です。事前の先生方との打合わせでは、「意見がでないのでは?」と心配されていたということですが、どうして、どうして!。活発な意見が出され、約1時間とっていた評議時間が足りなくて、各クラスから1名だされた裁判員代表者の評決をとったら全員無罪でしたので、判決言渡しをする間もなく終了したほどでした。

 裁判員からは、検察官、弁護人双方の証人や証拠に対する鋭い疑問や意見が、次から次へと出されたのには、びっくりしました。もと交際相手だった女性を殺したという事件でしたが、現場付近でサンタの服を着た人にぶつかった、その人が被告人だったと証言する証人がおり、他方、被告人はアリバイとして勤務先で勤務していたと主張しているが、勤務先からサンタの服が1着なくなっているという事案でした。裁判員からは、サンタの服の管理はどうなっていたのかもう少し知りたかったとか、被害者の交友関係につきもう少し説明して欲しかったという意見や、すでに交際をしなくなった男性を自室にそんなに簡単に入れるのか、現場の状況はどうなっていたのか、という疑問も出されました。その結果、裁判員代表者は全員が無罪という結論になったのです。

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2 民主主義の学校としての裁判員裁判

 私は、この高校生の模擬裁判員裁判をみて、裁判員裁判というのは、日弁連が陪審制度の導入を求めてきた一つの目的を達しつつあることを実感しました。いま、日本の社会は、学校教育のなかでも、企業の中でも、また地域でも、あらゆる場面で、多様な意見をどのように自由にだしあうのか、またそれをどのようにまとめていくのかという、主権者としての民主的な討論(ディベイト)が求められているのではないでしょうか。裁判員裁判は、まさにその実践の場なのです。先生方が意見は出ないではと心配した生徒たちが、なぜ、あんなに生き生きと事件に対する疑問や意見をいいだせたのでしょうか。証人や被告人のしゃべるのをあんなに注意深く聞いて、疑問や意見を出せる高校生には、日本の将来を託すに足りる資質が十分備わっていると感じました。

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3 「無罪の推定」「合理的な疑い」について

 もう一つ感じたのは、裁判員裁判におけるしろうとの常識に基づいた疑問や意見が、今後の刑事裁判を変えていくだろうという予感です。

 刑事裁判では、ご存じのように、被告人は有罪判決が確定するまでは無罪と推定されるという「無罪推定の原則」があります。また被告人が有罪であることの立証責任は検察官にあり、検察官は、被告人が有罪であることにつき「合理的な疑い」がない程度まで立証せねば無罪とされるという「合理的な疑い」の法則があります。しかし、これまでのわが国の刑事裁判では、職業裁判官が多数の事件を裁かねばならず、その多くは被告人が犯罪を犯したことを認めている事件ですから、だんだん裁判がマンネリ化していき、事実上「有罪推定の原則」となっていました。起訴された被告人は有罪で間違いないだろうという目で事件を見ているのです。被告人が検察官の起訴した内容と違うといっても、職業裁判官にはまともに聞いてもらえず、ごまかしをいっていると受取られてしまうことが少なくありませんでした。これが時々再審無罪事件となって明るみにでるのですが、これは氷山の一角で、このような意味での誤判は、私たち弁護士の経験では、かなりの数にのぼると思います。

 4年前に裁判員裁判が導入されてから、こうした刑事裁判の状況が一変しました。裁判員は事件毎に選ばれるのですから、一つひとつの事件が裁判員にとってはじめての経験で、マンネリ化する余地がありません。もう一つ、これまで私たち法律家の間では、何となくわかっていると思っていた「無罪推定の原則」や「合理的な疑い」の法則がどういう意味なのかを、しろうとである裁判員の皆さんに説明しなくてならなくなったのです。

 最近の最高裁判所の判決には、裁判員裁判を見据えて、「合理的な疑い」とは具体的にどういうことをいうのかを、しろうとである裁判員にわかるように説明しようとする判決がいくつかでています。まだまだ端緒的な動きですが、「合理的な疑い」を具体化しようとする論議は、「合理的な疑い」を漫然とした理解のままに有罪判決を下してきた従来の刑事裁判を、本来の法律に則った厳格な運用に変化させるものと期待されます。

 高校生の模擬裁判員裁判授業の傍聴は、裁判員裁判が、わが国における民主主義を深化させ、また刑事裁判の改革につながることを確信させてくれた、すばらしい体験でした。

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