コラム33:弁護士 大出 良知

袴田事件再審開始決定の意義

2014.4.23 弁護士 大出 良知

 皆さんご存じのように、3月27日に、静岡地方裁判所は、いわゆる袴田事件の確定死刑囚であった袴田巌さんについての再審請求を認め、再審を開始するという決定をしました。この決定は、検察官の不服申立によってまだ確定していません。しかし、静岡地裁は、開始決定と同時に、袴田さんを釈放するという決定をしており、事件発生以来ほぼ48年ぶりに釈放されることになったのは、とりあえず幸いでした。

いろいろ報道されていますので、いまさら、と思われるかもしれませんが、報道とは少し異なった視点から、今回の開始決定の意義を考えてみたいと思います。今回の再審開始決定は、重要な新証拠に依拠していたことは間違いありません。袴田さんが犯行の際に着ていたとされていた衣類に付いていた血痕のDNA鑑定や衣類の味噌漬け実験結果、それに検察官が今回初めて開示した証拠などです。

ということですと、新証拠が提出される前の状態では、死刑になるのもやむを得なかったのか、ということが気になります。現在の制度では、再審を請求するためには、新証拠を提出することが求められていますし、その運用ということでは、かっては新証拠が無罪であることを示すような重要な証拠である必要があると考えられたりもしていました。最近は、そこまで極端ではありませんが、新証拠が重要であることを要求しようという考えは相変わらず強いといって良いかもしれません。その根底には、やはりそれまでの証拠関係からは、有罪という判断もやむを得なかったのだという考えがあるのではないかと思えてなりません。

しかし、実際の誤判事件を見てみますと、確定するまでに明らかに誤っていたとしか考えられない事件の方が圧倒的に多いといって良いと思います。この袴田事件もそうです。
確定までの問題点は、あげればキリがありません。袴田さんが逮捕される直接のきっかけになったのは、パジャマに被害者の血液型と同型の血痕が付着していたということでした。ところが、裁判がはじまってみると、そのパジャマには血液かどうかも分からないシミが付いている程度でしかありませんでした。

そうであれば、パジャマが犯行着衣とは考えがたいですし、ということは袴田さんを犯人とすることもおかしいということになるはずです。ところが、そのような疑問が生じはじめた裁判がはじまって1年2ヵ月ほど経ったところで、袴田さんが勤めていた味噌工場の味噌タンクの中から麻袋に入れられた大量に血の付いた衣類5点が突然発見されます。その後、袴田さんの実家に捜索にいった警察官が、衣類5点の一つのズボンと同一の布であるとされた端布一枚を袴田さんに送り返されてきたとされる荷物の中から発見することになります。そして、この端布が袴田さんと衣類を結びつける唯一の証拠になり、死刑判決を支えることになります。

ところが、このズボンは、控訴審で3回も袴田さんが履く実験をしましたが、いずれの時もズボンが小さすぎて、袴田さんは履けませんでした。それを裁判所は、味噌に漬かっていたから縮んだとか、袴田さんが太ったんだといって事件当時は履けたんだとしてきました。

さらに、袴田さんが犯行を認めた自白調書が、45通ありました。ところが、一審で死刑にした裁判所は、この自白調書の44通は、違法な取調によるもので証拠として使えないとしました。にもかかわらず、何故実質的には同じような条件で取られた自白調書一通が証拠として使えるのか疑問でしたし、その内容も、犯行着衣は、パジャマということになっていた自白でした。

つまり、以上述べたところからも明らかなように、死刑判決を証拠上支えていたのは、唯一、袴田さんの実家から発見された袴田さんが履こうとしても履けなかったズボンの端切れです。それに比べれば、死刑判決にははるかに多くの疑問が提起されていました。ですから、刑事裁判の「疑わしいときには被告人の利益に」という鉄則に従えば、そもそも袴田さんを、死刑にすることはできなかったと考えざるを得ません。

今度の開始決定も、一応、この間の裁判所の考え方に沿って、重要な新証拠が提出されたということを前提に、再審開始を決定しています。しかし、この決定を書いた裁判官達は、一審以来の死刑判決に突きつけられてきた疑問が、いかに常識的に考えて重大であったかということにあらためて気がついたのだと思います。

だとすれば、唯一死刑を支えてきた端布が存在することの方がおかしいので、その証拠が存在するのは、「後日証拠がねつ造されたと考えるのが最も合理的で有り、現実的には他に考えようがない。そして、このような証拠をねつ造する必要と能力を有するのは、おそらく捜査機関(警察)をおいて外にないと思われる」と言わざるを得なかったのだと思います。そこには、裁判官達の怒りを見て取ることもできます。

その怒りが、「拘置をこれ以上継続することは、耐え難いほど正義に反する状況にあると言わざるを得ない。一刻も早く袴田の身柄を解放すべきである」という決定になったのでしょう。できる限り速やかな再審公判の開始を願わずにはいられません。

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