お見送りの形
最近、仕事でも私生活でも訃報に接することが多くなりました。自分もそういう年齢になってきたんだな、と思いますし、お見送りの形もいろいろあるものだと感じています。
予定が合わず、お通夜や葬儀に出席できない場合に、葬儀前の故人と面会できたことがあります。ご遺族からのご案内の内容にしたがって安置されている場所に予約を入れて訪問すると、葬儀社の方が対応してくれて、棺の中の故人と面会させてもらえました。お線香を上げさせてもらえたり、棺の中にメッセージカードを入れさせてもらえたりすることもあります。短時間ですが、棺の中のご本人のお顔を拝見することができて、ご挨拶ができ、お礼とお別れを言うことができて良かったです。こちらの空いている時間に行けるようにして下さったご遺族の心遣いに感謝しています。
また、職場で葬儀の話題が出た時に、火葬を開始するときのボタンを喪主が押す火葬場もある、という話になりました。私と、あともう一人だけが、喪主がボタンを押す場面に遭遇したことがあり、他の人たちは皆「火葬場の人が押すんじゃないんですか?」と驚いていました。どうやら、喪主がボタンを押すのは一部の火葬場だけのようです。私は中国地方、もう一人は四国の火葬場でしたが、同じ中国・四国でも別の火葬場では火葬場の職員が押していましたし、地域だけで決まるわけでもないようです。
私が立ち会った時の喪主は〈いいですか、押しますよ〉という感じで親族一同を見回してから押したので、こちらも心の準備ができました。故人が大往生という年齢で旅立ったこともあり、自分たちのタイミングで、自分たちの手で見送るというのも、これはこれでありなのかな、と思ったことを覚えています(なお、後日ネットで知った情報だと、実際にはこのボタンで点火するのではなく、このボタンが押されたことを確認してから、別の場所で火葬場の職員さんが点火スイッチを入れているようです)。
時代や場所によって、また、故人やご遺族の意思によっても、お見送りにはいろいろな形があるのだと毎回実感させられます。自分自身にもいつか来るときのことを考え、思いを巡らせる機会となりました。











