コラム8:弁護士 杉井 厳一

法律扶助の拡大をめざして

2010.7 弁護士 杉井 厳一

生活保護受給者の法律扶助費償還が原則としてなしに

 今年の1月から生活保護を受けている方々の法律扶助費の償還が原則として撤廃されることになりました。ご存じのように、わが国の法律扶助制度は、資力がない人に対する弁護士費用等の裁判費用の貸付制度で、国は被援助者に費用を貸付けてこれを少額ずつ返還させる制度となっています。このため、これまでは、生活保護を受けている方々も原則として法律扶助で貸付をうけた裁判費用を乏しい生活保護費のなかから3千円とか5千円ずつ償還せねばなりませんでした。これが今回の改正で償還しなくてよくなったのです。正確にいうと、生活保護受給者が法律扶助をうけると償還猶予がされ、法律扶助の終結するさいにも生活保護をうけている人であれば償還免除がされることになります。ただしこの場合であっても事件の相手方等から経済的利益をえた場合には従来どおり償還せねばなりません。
 たとえば、最近は、会社からとつぜん解雇されて賃金も退職金も支給されないので生活保護で生活をせざるをえない人たちが増えています。このような人たちが法律扶助制度を利用して裁判費用の負担なしで賃金や退職金の裁判を起こせることになります。平成20年(2008年)に法テラスで代理援助と書類作成援助をうけた人のなかで生活保護をうけている人は10.6%とされていますから、今回の生活保護受給者に対する償還なしの制度化は年間1万1千人余の方々の利益になり、その総額は年間10億円に達すると見られています。
 私は、今回の生活保護受給者に対する償還なしの制度化は、生活保護受給者にとっての朗報であるというだけでなく、わが国における法律扶助制度にとって大きな変革の一歩を踏み出した重要な制度化と考えています。

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法律扶助を償還制から給付制へ

 法律扶助制度は、今時の司法改革の目玉のひとつとして日本司法支援センター(「法テラス」)が設立されてから大きく発展しています。わが国で民事法律扶助制度が国の制度として立法化されたのは平成12年(2000年)のことです。平成16年(2004年)には司法改革の成果として総合法律支援法が成立し、これに基づいて法テラスが業務を開始したのは平成18年(2006年)です。この年に法律相談援助(無料法律相談を受けたもの)107,395件、代理援助事件(弁護士・司法書士に事件を依頼したもの)61,196件であったものが、平成21年(2009年)には法律相談援助237,306件、代理援助事101,222件に増加しました。つまりこの3年間で法律相談援助件数は2.21倍、代理援助事件数は1、65倍になったことになります。
 このように大きく発展している法律扶助制度ですが、これが償還制とされていることはわが国の制度の致命的弱点で、日弁連等では早くから法律扶助制度の給付制化を強く求めてきました。償還制というのは、裁判を起こすときに裁判費用を一時的に国が立替えるだけの制度ですから、「国による扶助」とはとうていいえない制度です。また償還制の結果、わが国の民事法律扶助事業予算は平成20年(2008年)で総額約130億円ですが、うち国庫負担金は47億円にすぎず、法律扶助利用者の償還金等の収入が83億円となっています。つまり、わが国の法律扶助制度は法律扶助を利用する資力がない人が自己の資力で負担する償還金で基本的に運用されているといっても過言ではありません。西欧諸国では法律扶助は基本的に給付制とされ、その額もわが国の数倍から数十倍の規模となっています。このような世界の趨勢に照らしてもわが国の法律扶助制度は給付制としてもっともっと拡充する必要があります。

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法律扶助の給付制に勝訴の場合の償還制度の併用を

 しかし法律扶助制度の給付制化に対しては、国の財政負担の増加の面から財務省を中心に強い反対論があります。今回の生活保護受給者に対する償還なしの制度化の方式は、こうした財政面からの反対論に対しかなり説得的なやり方を示したという点で重要だと思うのです。つまり従来の給付制の議論は、どこまで細かい制度の検討をしていたか知りませんが、法律扶助費を全額国庫負担として当事者勝訴の場合にも償還義務を認めない制度の提案のように理解されたから、通常の事件の裁判費用つまり弁護士費用が勝訴・敗訴に関わらず当事者負担であることと比べると、あまりにも現実とかけ離れた制度要求のように見えて、これを実現しようという立法意欲がでなかったのではないでしょうか。しかし今回の生活保護受給者に対する償還なしの制度化の方式をとれば、かなり現実的な制度提案になるように思われます。つまり法律扶助受給者に国庫から裁判費用が給付された場合に、原則は償還はなしとするが、事件の結果相手方等から経済的利益をえた場合には従来どおり償還せねばならないという制度と併用すれば、法律扶助事件のかなりの部分につき償還が見込まれるのではないでしょうか。この点では今回の生活保護受給者に対する償還なしの制度の実施状況を検証して、どの程度の償還が見込まれるかの実績を見ながら、法律扶助制度を原則として償還なしの制度とする方向を提起すべきではないかと思われます。

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「事件の結果相手方等から経済的利益をえた場合の償還」の問題点

 ところで、今回の生活保護受給者に対する償還なしの制度化はわが国における法律扶助制度にとって大きな変革の一歩を踏み出したものと考えますが、「事件の結果相手方等から経済的利益をえた場合」に償還せねばならないというのは大変問題の多いところで、このやり方についてはかなりの工夫が必要です。
 たとえば先ほど例にあげた事件で生活保護受給者が法律扶助費で裁判して相手方から賃金等として和解金50万円を受領したとします。このさい裁判で100万円を請求したとすれば、現在の法律扶助基準によれば弁護士には着手金12万6千円と実費3万5千円が支払われ、また報酬は5万円程度ですから、合計21万1千円が償還されることになり、本人には28万9千円しか残らないことになります。このような裁判をする生活保護受給者がいるでしょうか。
 のみならず生活保護受給者がこのような和解金を受領すると、生活保護の制度上では収入があったと見なされて、従来支給された生活保護費の返還を求められ、また今後の生活保護が停止されるということになります。つまり生活保護受給者は苦労して裁判しても一円も手元に残らないことになってしまうのです。生活保護費による最低限の生活を余儀なくされてきたのに、裁判して受け取った僅かばかりの収入をすべて償還金と生活保護費の返還でとられてしまうというのは何かおかしいのではないでしょうか。私もどうしたらよいかわからないので、法テラスの責任者の方々にはぜひ検討してほしいと思うのですが、後で法律扶助の適用拡大のところでのべるような、法律扶助費の償還をその一部に限る運用をすることが必要と思われます。

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法律扶助制度のさらなる適用拡大に向けて

 法律扶助は法テラスの発足を契機に大きく利用を拡大してきましたが、それでも法律扶助の適用をうけられるのにうけていない人が大量に存在します。経済的な格差拡大と貧困が深刻な社会問題となっている今日、法律扶助の適用をさらに拡大することは緊急な政策課題となっているといえます。

 法律扶助の適用をさらに拡大するための当面の緊急施策の一つは、償還を原則なしとした範囲を生活保護受給者からさらに「生活保護受給者に準ずる者」に拡大することです。生活保護を受けていなくてもその生活水準が生活保護受給者とかわらない人は大勢います。法の下の平等の観点から「生活保護受給者に準ずる者」に対して原則償還なしとする運用を行うことはまったく問題がないと考えます。日弁連が行っていた法律扶助協会時代には生活保護受給者に準ずる者に対しても償還免除をしていました。

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庶民・社会的弱者の切実な少額事件に法律扶助の適用を

 法律扶助の適用をさらに拡大する当面の施策のもう一つの緊急な施策は、少額事件に対する法律扶助の適用をしやすくする運用改善です。私は、法律扶助を拡大するうえで今日もっとも大きな障害となっているのは、少額事件に対する法律扶助の適用の方針が曖昧であることだと考えています。端的にいえば弁護士が法律扶助で少額事件をうけるという基本政策がないのです。
 昨年11月、日弁連は「法律扶助の飛躍的拡大に向けて~扶助のひかりを社会の隅々に~」というシンポジウムを開催しました。このシンポジウムでは、労働事件、高齢者・障害者の事件、DV被害者事件、こどもの事件などを扱っている各弁護士から、これらの事件に法律扶助が適用され、弁護士の法的援助がえられる必要性がこもごも訴えられました。またアメリカ合衆国のリーガルサービスを調査した視察団の報告では、アメリカ合衆国では連邦資金をはじめとする多様な財源から資金提供をうけた独立の非営利団体が約900あり、その管理と運営を担っているスタッフ弁護士は開業弁護士ができる事件は受任せず(例えば離婚や医療過誤などの損害賠償事件など)、開業弁護士が受任しにくく採算性のとれない助言、指導、簡易なサービスなどの業務に専念するほか、積極的にクラスアクションなどを活用するなどして法制度の改革をめざし一定の成果を上げていると報告されました。
 シンポジウムで報告のあったこれらの諸事件や消費者事件、行政事件、建築瑕疵事件などは、今日社会的に頻発しておりその救済を求める庶民や社会的弱者が大勢いるのですが、現在の法律扶助制度ではこれに十分対応できないのが現状です。具体的にいえばこういうことです。最初に挙げた労働事件で説明すると、この当事者が生活保護受給者でない場合、法律扶助の適用を受け、賃金等100万円を請求する裁判を起こしたとすれば、現在の法律扶助基準によれば弁護士には着手金12万6千円と実費3万5千円の合計16万1千円が支払われます。この当事者は原則として裁判中にもこれを毎月5千円ずつくらいに分けて法テラスに償還せねばなりません。しかし解雇され収入がない身でこのような償還支払いをするのは容易ではありません。しかしこのような労働事件を受任する弁護士にとってはこのような事件は時間も労力もとられますから、着手金12万6千円という費用では事件として受任しにくいのです。依頼者にとっては弁護士費用が負担になりすぎて依頼しにくい、弁護士にとってはこの弁護士費用では受任しにくいということで、双方とも事件を委任・受任することにならない。法律扶助基準には事件の処理が困難なものについては着手金を一定の限度まで増額できるという規定がありますが、これは弁護士には便利でも依頼者にとっては負担が大きくなります。これが少額事件の受任が少ない大きな理由なのです。
 私は、こうした少額ではあるが、庶民・社会的弱者の切実な要求であり、その処理には手間と時間がかかる困難な事件については、弁護士に対する着手金、報酬等の費用を額面額に比してできるだけ多額に認め、その償還は全額でなく一部に限るという運用をできないかと思うのです。一つの案として具体的にいいますと、労働事件や消費者事件など処理に手間と時間がかかる特定類型の事件で、一定額までの請求にかかる事件については、弁護士の着手金を例えば20万円まで支払えることとし、事件が終わるまでは償還猶予とする、事件が終了して相手方等から経済的利益をえられたときは償還金全額でなく一定の範囲の貸付金を償還させ、経済的利益がえられなかったときは償還金合計が例えば20万円までは償還しなくてよいとする、という案です。
 一昨年10月、日弁連の会長は法テラス理事長に対し「民事法律扶助制度の利用促進について」という要望書をおくり、「労働審判制度を始めとした制度全体の援助件数の増加」「サービス提供者の労力に見合った着手金及び報酬の支払い」「償還免除につき適正かつ柔軟に運用」を求めています。この要望書は私が述べてきた法律扶助の拡大施策と一致するものですが、弁護士の利益が前面にですぎて、法律扶助の利用者の立場に対する配慮に欠けるところがあり、いかにも小手先の対策の感があります。日弁連も法律扶助の全面的拡大に向けて、本格的な対応が必要と思われます。

(2010年7月7日記)

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