皇室典範の論議の前に

1.夏の終わりに法テラスの猛者たちが信州の私の山小屋に集まりました。川魚料理屋で鯉やハヤやヤマメを肴に飲んだのに家に帰るとまたすぐに続きの酒です。
 「高市の支持率急落は愛子天皇の実現を阻む皇室典範改正が一番響いたらしいね」「それにしても愛子さんのテレビ露出度が多いな」「あれは宮内庁がどこかの意を受けて仕組んでいるんじゃないですかね」と、かなり話は脱線気味です。

2.そんな話に「天皇の長女の愛子さんが天皇にふさわしい資質の持ち主であろうがなかろうが、関係ない」と啖呵を切るのが上野千鶴子さんです(「世界」2026年8月号)。
 愛子さんを天皇にするのがいいかどうかを論ずる前に議論しておかなければならないことがあるだろう、女性天皇を認めようという側も否定する立場の人も「天皇制」のことは素通りして双方とも天皇制を認める前提の上で論じあっているではないか、というのです。

3.上野さんは、皇族女子に養子を認めようという側も、反持する側も同じようにどちらも「天皇制」を認めることを当然のこととして議論している、といいます。
 女性皇族に養子縁組を導入するという考えについて、もっとも適切な言葉に私は前から気づいています。しかし、この言葉が余りに品位がないので今まで思っているだけで口にしたことはありませんでした。
 しかし、上野さんが同じこと言っているのを知って勇気づけられました。この言葉で説明しようと思います。
 それは、女性皇族の養子になる人は、それは「種駒(たねごま)」になる、ということで、従ってこれによって生まれた男子が皇位継承権を持つというのは論理上当然です。皇位を継ぐ人を作り出すための「種駒」だからです。ですから森英介衆院議長がそう言い出したからと言って、野党議員たちが「エーッそんなこと聞いてないー」と騒ぎたてるのはカマトト(これも死語だな)ぶった言い方で、「種駒」なんだからそれは当たり前のことでしょう。
 上野さんが使っている言葉は、東大名誉教授らしく、もっと厳密で解釈の余地を残さないものです。「皇族男子は種付け馬」だというのです(私はこの言葉に出会って「種駒」と言ってもいいんだ、と思ったのです)。
 でも「種駒」だったら、若い女性もカマトトぶって「種駒って、将棋のどれかの駒のこと?」などと言ってごまかすかも知れないのに「種付け馬」と言われたら、ごまかしようがないですよね。それより反射的に皇族の男性の馬づらを思い浮かべてしまうかもしれない(これはおふざけではなくて皇族男子に限らず、かつての日本の上流社会の男の馬面は学問の上でも証明されていることですよ)。

4.とにかく上野さんは女性天皇がいいとか悪いとか、養子制度がいいとかだめだとかいう前に天皇制をどうするかという問題があるだろう、皇室典範の現在の議論はどちらの側もそこを知らん顔してスルーしている、というのです。
 国分功一郎さんは「天皇への敗北」という本の中で、護憲勢力は天皇の行動や発言によって自分の立場を守って貰っている、と厳しく指摘していますが、上野さんも「リベラル派」「左派」に対して天皇制をどう考えるか、を厳しく言います。そして名指しで「かつて天皇制の廃止を唱えた共産党でさえ、いまや女性天皇容認を求めている。いつから天皇制支持にまわったのだろうか」と斬りつけるのです。

5.名指しされた日本共産党の小池晃さんは「憲法が定める国民統合の象徴である天皇を男性に限定する合理的な理由はどこにもない」また「女性天皇を認めることは女性の権利と両性の平等の考えからも当然の主張である」と言っています(赤旗2026年7月23日付)。しかし上野さんはそんなことは聞いていません。小池さんは上野さんの指摘の意味がわかっていないのか、あるいは余りに重要な問いなので直ぐには簡単に答えられないのか、でしょう。
 あとの方だとしたら、こんな大事なことを答えないではぐらかすのは良くないと思います。
 小池さんはこう答えたらどうでしょうか。
 天皇制はいまの日本の民主主義と国民すべての平等の原則に反します。そのような天皇制は本来あってはならないもので、廃止すべきです。ただ国民の総意(憲法1条)が天皇制はいらないということでまとまるまでの間のつなぎ措置として、女性の権利と両性の平等にもっとも忠実な制度として女性天皇の導入を進めます。そして皇位の男子承継を図る養子制度には反対します、と。
 これは、いまの私の立場でもあります。

6.信州の山小屋の翌日早朝、クマの出そうな国有林との境の道を上って「大日向」の集落の方に散歩しました。そこはかつて満州の開拓団に多くの村民を送り出し、太平洋戦争敗戦の数日前に越境して来たソ連軍の攻撃によって団員が全滅した大日向村のあるところです。
 昭和天皇の言動にはとかくの批判がありますけれど、しかしその生涯その罪を償うために、その子である上皇夫妻は引き続きその償いを承継するために、中断することなく、毎年この村を訪れて犠牲になった村民たちに祈りを捧げています。私は天皇らのこの行動を評価します。「戦争は私が生まれる前のことだから、反省なんてありません」と言って憚らない人(いまの日本の首相の女(!)です)とは、品格が違います。私の山小屋のすぐ近く、かつて昭和天皇が通り、いま上皇らが通る道すじの小川に架けられた変哲もない小橋に「天皇橋」という名前が付けられているのを見るともったいないという気がします(オイオイ、私もだいぶおかしくなって来た)。しかし、天皇らのこの行動や態度を評価する気持ちと天皇制を廃止すべきだという考えとは別のものです。
 上野さんが「問題は人格ではなく制度なのだ。この制度を21世紀に延命させる理由はない」と言っている通りです(上野さんの発言の引用はすべて上記の「世界」論文から)。

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